今回の録音では次の数曲のラグタイムをホンキートンク(Honky-Tonk)ピアノで録音した。わざと調律を狂わせたピアノである。ホンキートンクとは1890年代以降に見られるようになったアメリカ南部のバーのスタイルの名称で、労働者が集まるバーにピアノが置いてあり、ダンスを楽しみ、同時に娼婦がたむろする場所でもあった。またラグタイムに象徴されるような、リズム感あふれる演奏スタイルの呼称でもある(白人に対する蔑称としてのhonkyは1960年代以降のもの)。
当時のピアノメーカー「ウィリアム・トンク社(William Tonk & Bros.)」が、大型の縦型ピアノを制作しており、ホンキートンクの語源になったとも言われている。そのような場所に置いてあったピアノが、今で言うホンキートンクピアノのような音であったかはわからないが、少なくとも最高級のピアノメーカーである「スタインウェイ社(Steinway & Sons)」のコンサートグランドような品質のものではなかったであろう。
ラグタイムがホンキートンクピアノで演奏される事について異論を唱えるむきもあるが、やはり雰囲気的には合うように私は感じる。ホンキートンクバーで演奏されるラグタイムの演奏スタイルもしかり、クラシックのように弾いてしまってはいけない。悲しきかな、私はクラシックのピアニストなので、無意識のうちにクラシックの演奏法になってしまう。
「音の粒をそろえる」「和音を弾くときには一番上の音を少し強く弾く」などなど。
そこから外れることがこれほど難しいこととは思わなかった。
「音をもっと狂わせてください」「鍵盤の高さと重さをもっとばらばらにしてください」等々、調律師の高木氏に通常の録音の時とは正反対の注文を次から次へとお願いすることになった。
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